韓国の人気作家李曰鍾(イ・ワルジョン)の日本初個展が開催される。一昨年、韓国有力日刊紙の東亜日報が行なったアンケート調査「プロ達が選ぶ我が国最高の美術」で、韓国画部門の最高作家に選出されたアーティストである。この調査は、評論家、ギャラリー経営者、キュレーターなど60名の美術関係者を対象に大々的に行なわれたもので、1945年以降生まれの作家に対象が限定されていたとはいえ、韓国内の評価を如実に反映したものといえる。抜群の知名度と人気を誇るこの作家の個展が、ようやく日本で実現したのだ。今回が日本初個展というのはいささか遅すぎた感もあるが、日韓の文化交流もまだまだこれからという警笛にもなるだろう。
生活の中で
今回の企画構成は、壮紙(チャンジ・伝統的な韓国産の強い紙)を素材にした作品と木彫が中心となるが、ポジャギという韓国独特のパッチワークによる作品も出展される。出品作品は、そのタイトル全てが「チェジュ生活の中道」となっている。チェジュとは済州島のことで、李曰鍾がアトリエを構えている韓国最南端の大きな島である。ここでの何の変哲の無い生活がいかにも楽しそうに大らかに綴られている。作者の庵とおぼしき建物の回りには、建物より遥かに大きな水仙や椿などの草花が生い茂っている。空に羽ばたく鳥がいるかと思えば、魚が隣に並んで飛んでいる。よく見ると人も空を泳いでいるし、つがいの鹿が庵の窓から顔を出していたりと、何とも不思議な空間に暫し包まれていく。傍らにはゴルフバッグが立てかけられテレビをゴロ寝で見ている姿がある。現実の生活と彼岸の彼方が、どうも妙な方程式で時空が連結されてしまっているのだ。ふと気が付くと、あらゆるしがらみから解き放たれ、何とも心地よい空間に包まれていくのがわかってしまう。
この得体の知れない宇宙こそ李曰鍾の真骨頂である。彼はこの共生の曼荼羅ともいえるこの空間を35年間追い求めてきたのだ。1974年、第23回国展で文化広報部長官賞を受賞した李曰鍾は20代で早くも韓国美術界の耳目を集める存在となった。当時韓国はアンフォルメル全盛期を越えて自らのアイデンティティを追い求めていた最中であり、元より本心に根ざした芸術を探していた李曰鍾は、生活感の乏しい抽象作品から次第に離れていった。以来、一貫して「生活の中で」というテーマで現在まで描き込んでいるのである。
般若心経と中道
もう一つ、李曰鍾の作品を理解する上で重要なのは「中道」という言葉であろう。1980年代後半、彼は血管拡張症のために目が一旦見えなくなったという。芸術大学教授としてのあり方も根本から見直しを迫られ、自らの今までの生き方を深く振り返ることになる。この時出会ったのが「般若心経」であったという。「色即是空、空即是色」で説くように、普段の生活では心や事物が「ある」と思い込んでいるが実は「空」であり、その逆で「空」から展開したものがこの世のあらゆる事物であるという。そして色即是空、空即是色を矛盾無く見て、偏ることの無いこと、これが「中道」であると仏教は説く。これは三論宗や天台宗の原点となった「中論」による教えで、あらゆる仏教の核であり、三観の一として中道観ともいわれる。
李曰鍾が宗教的な概念でこの「中道」に出会ったか否かは別として、この「中道」が彼を救い、暗黒からの再出発の道を開いたのは事実なのである。そして1991年、更なる観念の自由を求めて大学教授を辞職、ソウルを離れて一切の縁故の無い済州島へと移り住んだのである。作品は大きく変化した。溌墨や没骨による東洋画の技法から完全に脱却し、アクリルから刻まれる力強い線が全面に出てくるようになった。また以前から取り入れられていた民画のイメージが、済州島民画独特の更に単純化された線と構成とを取り入れていくようになる。
済州島と民画
NHK新日曜美術館でのインタヴューで李曰鍾は次のように語った。
「それまで、社会的状況や私自身の心理状態などと全く関係なく絵を描いていました。出来上がった風景画も私自身とどれほど切実に結びついていたか。私は本当に自分を表現したくなりました。そのためには絵の様式も変えていかなくてはならない。そうした中で民画に辿り着いたのです。自分が思ったままを表現するという民画のパワーにとても影響を受けました。それを突破口にして新たな表現を試みました.」
描いた人の名前も記さず、ただひたすら人々の幸せを願いながら描き続けられていった庶民の芸術。その純粋無垢な線に、名誉を捨てて原点から再出発した李曰鍾の本心は根底から揺さぶられたのである。
そうして放たれた鯉のように勢い良く泳ぎだした李曰鍾の筆は留まるところを知らなかった。1993年から一年間連載されたカラー版の朝鮮日報のコラム「歌う歴史」の新聞挿画は、古代と現代、平面と立体など発想を広げる転機となり、その体験が「生活の中の中道」シリーズの作品性に深遠な振幅をもたらすこととなった。さらに、この連載は2000年5月から再連載され大ブームとなった。こうして李曰鍾の創造意欲は平面の概念を飛び越え、木刻や陶版、金属版へと材料からも解放され、テラコッタの香炉の制作へと展開するなど、本心の趣くままにどこまでも自由になっていくのである。
汎神論的境地と平和
「李曰鍾の画面上に見られる自然と共にという題材は、単純に自然の中に埋もれて自然を歌うという範疇にあるのではなく、人間の生と自然を一体化させる汎神論的観念によるものである。」と、前国立現代美術館館長の呉光洙はいう。
そして李曰鍾は前述のNHKのインタヴューでこう語った。
「私が描くものは家より小さな草がもっと大きくなる事もあるし、人を意図的にとても小さく表現したりします。鳥や魚や犬は生命という意味ではすべて全く同等であると私は考えています。それが平等というものです。絵の土台に平等と平和に重点を置いて作品を描いたのが、連作となっている済州(チェジュ)生活の中道です。」
中道観主人と自称する李曰鍾は、今や何ものにも捕われない絶対的精神の自由を作品として昇華させつつある。そして彼が制作を続けてきた「春画」シリーズは、人間の性の営みをおおらかに表現し、生きる喜びを光の如く伝え始めた。そう、「中道」の心眼で見る世界は、上下左右が無く、生命に貴賤無く、正に李曰鍾の現在の作品の如くなのである。
かつて西洋文明は自然を征服する対象とし、人間中心主義が芸術の方向性とされた時代があった。今、李曰鍾が辿り着こうとしている「生活の中の中道」は、平和と共生という人類に新たな方向性を示す美学であり、未来への曼荼羅なのである。
(ギャラリーBSチーフキュレーター/美術の窓2006年1月号記事)
李曰鍾(イ・ワルジョン)
1945年韓国京畿道華城生まれ。70年中央大学絵画科卒業。74年国展文化広報部長官賞受賞。79〜90年チュゲェ芸術大学教授。91年済州島西帰浦で制作開始。2001年第五回月田美術賞受賞。2002年ニューヨーク個展(モンセラギャラリー)。2005年ソウル個展(ギャラリー現代)。
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