SINCE 1984
知魚楽 − 宋栄邦展によせて
水間敏隆

 宋栄邦(ソン・ヨンバン)の日本での第二回目の個展が開催される。四年前の日本での初個展は、アーティストたちの口コミによって多数の入場者があった。特に南画や俳画を描く作家からは驚嘆のエールが送られた。関係記者たちにとっても衝撃は少なくなかったようで、取材に忙しかったことを覚えている。最後の文人画家と言われた富岡鉄斎が世を去って八十数年、日本の南画壇が培ってきた崇高な精神性は風前の灯となった。その中で開催されたこの展覧会は、心あるアーティストにとって希望の光となったのである。
 その光とは何であったのか。それは技術力でも万巻の書の積み上げでも無かった。そこにあるのは、ひたすら心地好い一本の線。墨の粒子は見えずとも、その粒子が見事に調和していることを確信できる線。そして線で区切られた空間は鑑賞者を包み、宇宙の懐に取り込んでゆく。やがて宇宙と渾然一体となった鑑賞者は万物斉同の境地の中で幼子になってゆくのである。それは無欲の空間とでもいえるだろうか。東洋のアーティストたちが追い求めてきた無為自然。それが芸術として昇華し、そこに顕現していたのだ。

 切望した二回目の個展だが、今回の出品作も先回とほとんど変わらない。そこには頭をひねって新個展の趣旨を宣う必要はない。作家自身も奇を衒ったりすることは一切考えていないはずだ。恐らくは、間の抜けた虎が入口にデンとくつろぎ、中央には八曲の蓮の屏風が飾られて辺りを清浄に包んでくれる。もう一つの空間には仙境につがいの鹿が遊び、無我の境地で踊る僧舞が私たちを迎えてくれるだろう。そして、野鳥、子犬、水仙、老梅などが、それぞれの居場所を見つけて心地好く共存してくれることになっている。展示空間は一瞬のうちにユートピアと化し、見るものもまたその一部となるのだ。
 実はこの原稿を執筆している時点で作品は三分の一も出来上がっていない。宋栄邦の筆は遅いのだ。いつもゆったりと筆をすすめる。彼の雅号である牛玄(ウヒョン)の如くである。牛は真理を表し玄は道を表す。即ち、真理の道は遥かに遠いことを意味した号だ。また時折思い出したように使う別な号に「迂玄」がある。韓国語ではこの二つの雅号は共に同じ発音になるが、「迂」は遠回りを表す。宋栄邦が真理を求める姿は、たとえ遠くても泰然自若して揺るぎない。木鶏の如くである。それは十牛図の道程を見るようなものでもある。牛と一つとなって牛を忘れ、自らの存在をも忘れた時、絶対的空が訪れる。その到達点は本人しか知る由はないが、少なくとも彼の作品に内在する気韻の妙は、頭でっかちになった現代人に玄の在処を感性として悟らしめてくれるのだ。

 宋栄邦はソウル大学在学中に最優秀賞を受賞、国展でも特選となって韓国美術界の耳目を一気に集めた。一時、現代美術のアンフォルメルの潮流に身を任せて前衛グループ墨林会にも参加するが、実験の果てに到達したのは、実に東洋画の抽象概念であった。東洋では思考の伝達に使用する漢字自体が形象であり、究極に抽象化された絵画でもある。画の六法や現代の十六画法に於いてもその中心点は気韻生動であり、目に見えない本質を抽象化して表出することに重きが置かれた。そもそも東洋哲学においては、抽象と具象を区別すること自体が無意味なのだ。こうして宋栄邦は、迂回しながらもしっかりと大地に足を降ろし、十牛図の返本還源の如くに自体内に既に備わった美に気づいていくのである。

 無為自然を理想とする荘子に庖丁解牛の一節がある。料理人の丁は牛を解体する時に一切の刃こぼれが無かった。その理由は「私の包丁は骨と肉の間の空間を遊んでいるからです。」と答えたという。宋栄邦の筆は紙の間を遊んでいるのだ。

 同じく荘子の秋水篇の最後に知魚楽という一節がある。泳いでいる魚の心を人間が理解できるものか、という恵子に対して荘子が魚の楽しみを体感している様が表現されている名文だ。宋栄邦は知魚楽の境地を感性の鈍い我々に染渡るように伝えてくれる。もし私たちが魚の楽しみを体感できたとするならば、どれだけ楽しい人生を送ることができるだろうか。芸術は一人一人持つ天来の個性を顕現させる。殺伐とした現代、宋栄邦のような珠玉の作品に触れ、自らの深層を訪ねてみるのも一興である。

(GALLERY-BS総支配人、美術の窓2007年5月号掲載)
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