SINCE 1984
宇宙が時を止める時
水間敏隆

 田中坦三さんは1918年愛媛県に生まれた。現在88歳、1970年にパリから帰国後、故郷に近い山間に居を据えて多彩な造形活動を続けて来た。今尚バリバリの現役である。田中岑さんは1921年香川県に生まれた。現在85歳、春陽会に所属しながら、現代建築家の長男の玄氏が設計した川崎市のアトリエで悠々と制作を続けている。こちらもバリバリの現役である。
 作風も制作環境もコンセプトも違うようにみえるこの二人が、東京で展覧会を開催することになった。企画の準備のために作品を並べてみると驚くほどの調和が辺り一面に充満する。何故なのか。二人とも現代美術の最先端をひた走り、切り開き、それでいて薄っぺらな流行とは無縁の制作を続けて来た。

 坦三さんが61年に開催した「3時間個展」は今では伝説となった。マルセル・ジュグラリスの肝いりでユニ・フランス・フィルムで開かれたそれは大変な反響で、佐々木静一は「木端(こっぱ)彫刻」と名付けた。渡仏した坦三さんは、建築家ジャック・アモニオウが設計した邸宅のために石の彫刻と庭園のデザインを依頼され、建築雑誌「ルイユ」に取り上げられた。帰国後、自然石にカラーペイントを施したシリーズの展開で洲之内徹らを虜にした。流木や自然石を使用して大地とひとつになった坦三さんの作品は薄汚れた我々を自然に帰してくれるのだ。
 岑さんは56年第一回シェル美術賞で二等賞を受賞、翌年第一回安井賞を受賞した、戦後の現代美術を切り開いてきた人である。具象作品の振興を願って企画された安井賞の第一回受賞作品が岑さんだったために、その作品が「抽象」なのか「具象」なのかで美術界に大きな波紋を生じさせた張本人でもある。岑さんは常に「光」を探して来た。事物の内奥に切り込んでいく心眼は常に本質に迫り、巧みな構成力と持ち前の色彩感覚で究極の「光」を引きだしてくれるのだ。

 坦三さんに「先生」という言葉を投げかけると赤ら顔で「先生は絶対止めてよね」と帰ってくる。岑さんも同じである。春陽会への所属はむしろ若者とのバトルを楽しんでいるかのようで、およそ会の偉い先生の姿ではない。「おれはいつだって最先端さ」といいたげに子どものように、筆を、ノミを動かす二人である。戦前から互いに刺激し合ってきた二人は、坦(たん)ちゃん、岑(こん)ちゃんと呼び合う仲である。これに木村忠太が加わったこともあったという。互いに才能を認め合い、行くべき道を見失わなかった二人が、初めての組み合わせで二人展を開催する。人間の持つ限りない可能性が芸術として昇華した二人。作品のみならず、ご本人そのものが既に最高の芸術といえるのではないだろうか。この二人が並んだ時、宇宙も時を止めるというものだろう。そう、ハーモニーが生まれない方が不思議といえるのだ。

田中坦三(たなかたんぞう)略歴
1918年愛媛県に生まれる。37年帝国美術学校彫刻科入学、翌年絵画科に転科、国画会展に出品。復員後は木による抽象彫刻を開始。60年サヱグサ画廊にて個展、翌年木っ端彫刻による個展。66年渡仏(〜70年)。85年愛媛県立美術館にて田中坦三展開催。98年「80歳記念・坦三と椅子たち展」開催。05年田中坦三記念ギャラリーオープニング展。その他、東京、大阪等で個展開催

田中岑(たなかたかし)略歴
1921年香川県に生まれる。39年東京美術学校油絵科入学、日本大学芸術科に転入。復員後は独立展を経て自由美術協会展へ、その後、春陽会に参加。56年第1回シェル美術賞二等賞受賞。57年第1回安井賞受賞。90年神奈川県立近代美術館にて「田中岑展」開催。99年NHK-TV「"色の記憶"田中岑」放送。その他、個展多数開催

(GALLERY-BS総支配人/「美術の窓」2007年3月号掲載)
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