SINCE 1984
李奎鮮展 − 包み込む美
水間敏隆

 2003年にGALLERY-BSで開催した韓国現代美術三人展は実に刺激的な企画であった。金鳳台(キム・ボンテ)・李奎鮮(イ・ギュソン)・金次燮(キムチャソプ)という、手法もコンセプトも全く違う三人の韓国系アーティストを一同に並べたその企画は、三人の作品性があまりにも違ったが故に現代美術の存在価値そのものを反芻させられるような展示となった。ソウル大学出身という以外はおおよそ共通点が無いように見えたこの作家たちだが、展示してみると実に心地好い見事なハーモニーを醸し出した。開催時、既にこの三人は、国際展での活躍により欧米での知名度もすこぶる高かったのだが、三人の共通点と言えばそれぐらいだった。にも関わらず、企画が幕を開け、三人の作品が同時展示された空間に立った時、痺れるような快感が私の情に押し寄せて来た。彼らが何故に欧米の評論家やコレクターから新鮮な驚きの中で受け入れられていったのか・・・その様子が手に取るように伝わって来たのだ。そこに流れるのは潜在意識の記憶の中から湧き上がるような、大いなる宇宙との連結だった。そしてそれは、自然を征服することによって確立された西洋的な現代美術の尺度では到底測りきれないシロモノであり、宇宙の気との共存を前提とする東洋的精神無くして理解不能のものだったのである。
 その三人中で、作品の存在感において最も鮮烈な印象を受けたのが李奎鮮であった。ほとんどモノクロームの墨と楮紙の作品なのだが、ベタ塗りの墨の艶と発墨の諧調が無上に美しく、対比する紙の僅かな質感の差異が白を印象的に焼き付け際立たせる。平面と平面の玄妙な構成、しかしそれはモンドリアン的な幾何学的な面ではなく、微妙にズレ、微妙に曲がる。そしてその余間。襖と襖の無効にある空間、障子の窓越しに見る異空間、期待を乗せた彼岸の無尽の彼方・・・。いつのまにか私は幼い頃の母の胎内にかき抱かれていた。
 ああ、もっと浸っていたい、そう念じたとき、悲しくも現実が襲って来た。果たして日本の現在の市場で販売は可能であろうか、と。市場に乗せることがアートディーラーに課せられた宿命でもある。力不足を悔いた私はそっとカタログを閉じた。

 それから数年。ようやくその願いを果たせるチャンスがやってきた。予定していた重要な個展が突然延期となったのである。新年の幕開けを意味するこの時期の企画は、毎年周到な準備を重ねて来た。しかし今回の当然の変更に一切の迷いはなかった。李奎鮮を第一候補とすることには当事者全員が納得した。もっと早く開催する必要があった・・・、これが今回の企画への正直な思いである。急遽のお願いであるにも関わらず、にこやかに李奎鮮は許容してくれた。  昨年11月、打合せのために李奎鮮のアトリエを訪問した私は、個展用として見せられた作品に間近に触れ、三人展の感動に浸っていた。そして、この作品がギャラリーを埋め尽くしたときの至福の空間が鮮やかに脳裏に映し出された。アートディーラーとしての血が騒ぎ始め、今日の損益分岐は遥か彼方に消し飛んでしまっていた。その時・・、彼の作品は私の情の潜在意識にまで語りかけ、コップの水が溢れるように何かがこぼれだした。画面の韓国紙は心のひだにそよぎ、膚にまで触れはじめた。指をなめて透けだしたであろう障子の穴からは、幼子のはしゃぐ姿が見えた。目を凝らすと、にっこりと微笑んだ童子は無垢な本心に他ならなかった。
 李奎鮮は自らの本心を偽ることなく、一貫して東洋の美意識を追求して来た。但し、筆のストロークを表面に出さない李奎鮮芸術は文人画的な線の美のみに終止しているのではない。たっぷりと量感を持った面と質感の中に、許しを前提とした母の情を顕現させているのである。それは、洗練された画面分割や色彩構成にこだわりながらも、結局は無為自然の境地に近づいていった希有なアーティストであるという証しでもあるのだ。本来「美」とはいったい何であったのか。閉塞する現代美術が行き場を失う時、もしかしたら、こういった作品が東洋と西洋を繋ぎ、彷徨する現代人を母として包んでくれるのかもしれない。

(GALLERY-BS総支配人)
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