関根伸夫が15年ぶりに「位相絵画」の新境地を発表する。位相絵画とは、「もの派」の創始者として知られる関根が始めた位相変換による絵画である。彫刻家あるいは環境美術家として知られる関根だが、本人は油画科出身であり、絵を描くことを天命として捉えている。その関根が、1987年から1991年までの僅か数年間、全てを忘れて絵画の制作に没頭した作品群。それが「位相絵画」なのである。そこには関根伸夫の思想が最も端的に表現されている。その「位相絵画」が15年ぶりに新しく発表されるのだ。
位相絵画は英訳すると「Phase Conception」となり、「Phase Pictures」ではない。直訳すると「位相概念」となる。言うまでもなくこのネーミングは、ルーチョ・フォンタナが「Space Conception=空間概念」と称した一連のシリーズを意識してのことだ。「切り裂く」という行為によって「空間を断裂」し平面の絶対性を否定したのがこのシリーズの特徴である。切るという行為を二乗しても「−1」にしかならない虚数変換、即ち切り裂いた空間が虚数になるという概念が現代美術的には画期的だったのだ。
だが関根は、この行為に違和感を覚える。本能的な嫌悪とでも言えるのではないだろうか。切り裂く行為は明らかにキャンバスへの破壊である。振り返れば現代美術の歴史は破壊の連続であった。レネッサンスは神への挑戦で始まり、その後の美術は常に否定の連続によって突き進んできた。ついにはダダイズムに至り、破壊そのものが芸術的行為と見なされるようになって現代に至る。コンセプトに走った美術は、手の行為を忘れ創造の喜びを忘れてしまった。未来派の延長として立ったフォンタナの作品は、過去の否定のみを考えて到達した虚数の芸術なのである。その対極に関根芸術はある。
1968年、現代美術の最先端の渦中にあった関根は、理論の延長上にあの「位相−大地」を制作した。しかし、大地を掘り返して地球に立てた圧倒的な土の塊は、理論のすべてを吹き飛ばし、共に制作した仲間も含めて宇宙の洗礼を受けてしまった。そこにはただ大地と一つになった喜びのみが存在した。「もの派」の誕生である。そしてその延長に関根の提唱する環境美術があるのだ。
それゆえ関根伸夫は、宇宙のリズムと一つになることを探し求めてきた。破壊ではなく、融和を求めたのだ。関根の作品は切るのではなく、つなげるのである。「空間の断烈」ではなく、「空間の連続」なのである。フォンタナのように穴が空いているがそれは穴ではない。位相変換とは増えもしない減りもしない空間の演出なのである。地球の大地を掘りつづけていくとやがて皮だけになり、それを引き延ばして裏返しにすることができる。表も裏もクラインの壷やメビウスの輪のように連続しており、自由自在に変形できるのが位相変換なのである。
昨年関根伸夫は、1973年に設立した株式会社環境美術研究所を一気に縮小した。それには二つの理由がある。一つは、関根が日本で初めて提唱した環境美術という概念が30年をしてようやく定着したこと、もう一つは、株式会社の代表取締役として仕事に忙殺されるのを芸術家として良しとしなかったことによる。こうして、現代美術家関根伸夫にとって新たなる環境が整った。
今、関根が最も思うこと。それは、コンセプトを超えた何かを表現すること。そして、日本美術、東洋美術がもっていた息づかいを再興したいことである。東洋の情緒は常に大自然、そして宇宙と共にあった。風、水、波・・・それは具象的なものではなく自然と感応する情の中から生まれてくる。風そのものを描かなくてもに草木を揺らす風は伝えることができるのだ。
15年ぶりの新作は色彩に充ちている。その色彩は見るものの深層に刻まれた太古の叫びに感応する。位相絵画特有の皮膜表現はそのままに、今、新しい位相絵画が出現した。人類の感性の深化と共に、時代と共に感応を続け、宇宙の魂に感応する芸術。それが位相概念なのである。