異彩の光景
真夏の八月。人は灼熱の中で朦朧とする。顕在意識で自身を制御できなくなった時、原初の叫びが解き放たれる。それは祭りとなって恍惚の異空間へといざなう。虚飾をかなぐり捨てて美を恋う時、宇宙の一部としての自らに沁み入る光景がある。夏こそ裸が見えてくる。夏こそ芸術が見えてくるのだ。
異彩の光景と題してこの夏に二回の企画が開催される。常人と異なった彩りを持つ秀でた作家を日の当たるままに鑑ていこうという企画である。ここで取り上げる作家は、公募展の入選を積み上げてゆく美術界とは無縁の作家である。そしてアートディーラー達とも距離を置いていたアーティストである。「美術人はこうあるべき」という枠を作り、レッテルを作り出したい人々からは胡散(うさん)くさいと思われてきたかもしれない。胡散くさいの語源は、「胡散」に接尾語をつけて「怪しい様子」という形容詞にした江戸時代の和製漢語である。「胡散」とは架空の香辛料で、中世ペルシャで流行してトランス状態を作り出すために使用中止になったいう設定になっている謎の香辛料のことだ。だとすれば、ここで取り上げる作家達は「胡散」そのものと言ってよい。彼らの作品に触れた人々の、なんと恍惚たる光景か・・・。そう、芸術こそ胡散そのものなのだ。
点を描き続ける
加藤芳信は「点」を打ち続ける画家として知られている。100mを超えるモノクロの点だけの作品を営々と描いてきた。彼はその点を庭の石組の要領で打って行く。「横、斜、径」そして「散逸構造」と「時間の矢」の不可逆性。そんなことをブツブツ言いながら無心に点を打っていく。数年前のThe Japan Timesでもやはり「DOT」を打ち続ける作家として特集された。
しかし、この作家とじっくり話してみると、理論など結局は関係なく、おもむくままに「点」を打っていることが解る。20年ほど前の評論で武田厚は、「計画的な作画」でも「抽象」でも「表現主義的」でも無く、結局「行雲流水」の作家であると捉えている。また、彼を愛した洲之内徹も、捉えきれない天真爛漫な加藤との思い出を気まぐれ美術館に書いている。彼は、心のおもむくままに何者かに突き動かされて描いているのである。
彼は1932年北海道岩内に生まれた。高校生の時、有島武郎の「生まれ出づる悩み」のモデルとして知られた木田金次郎に出会って感じるまま黙して絵を始めた。東京芸大を受験にきて井上三綱と出会い「一本の花の成長を描き続ければ芸大で学ぶこと以上のことが学べる」といわれ彼に弟子入りした。井上三綱のワシントンでの個展の手伝いで渡米した加藤は、彫刻家樋口シンと意気投合し、一ヶ月が三ヶ月となり一年となって滞在した。やがて寺に入って修行し、しばらくして脚気になって山から下りた。すべてが心のおもむくままである。
そして、「遊糸描法」「第三の空気」と変遷してきたモノクロの点は時に立体変化を繰り返し、まったく別物の色彩を帯びていった。ここ数年の作品は実に心地好い。点が宇宙の一部となって大自然の摂理に無理無く取り込まれ、有機体の本来あるべき姿のように心に沁み入ってくる。大言壮語の気負いが消え、彼の素の美しさが顔を出したというべきであろうか。彼は言う。「今回の個展は気ままな心の旅を許し続けてくれた妻に捧げるのだ」と。